瞑想、ヒーリングを教えています。日々の日記や気づきに役立つ情報を書いています。
◎はじめまして!

ディヴァインスペースHrDAYAという瞑想&ヒーリングサロンを運営している瞑想、ヒーリング教師のブログ日記です。インドの聖者の智恵から生まれた誰でも簡単にできるフリダヤ瞑想と深い癒しをもたらすシャクティヒーリングを教えています。詳しくは本家サイトをご覧ください。ここでは、瞑想の話し、日々の雑多なお話しとか色々書いていますので楽しんでください。


昨日は満月でした。ここのところ、毎月満月の日には家にあるババ像の前で瞑想とマントラ行を行うようにしています。

昨日も10名ぐらいの生徒がやってきて一緒に瞑想をし、そしてマントラを唱えました。

満月の日はもっとも神のエネルギーが高まる日です。特にマザーディヴァインと呼ぶ、女神のパワーが最高潮になります。

こうした時に集まり瞑想するのは非常に高エネルギーのパワーを吸収することができるのでまたとない機会です。

あなたはあなた自身がどんなに否定しようとも神の源泉たる存在です。

あなたのハートには神が住みます。

そしてあなたの行動の原動力は神への愛です。

もし、あなたがあなた自身の中に神を見いだすことなく、目の前にある事象の優劣(これも思い込み)や、自分の欲望の成否だけを追い求めるのなら決してあなたの心は満たされることはないでしょう。

最近はヒーリングスクール、様々なテクニックを教える教室等も増えてきました。それだけ癒やしということに皆が興味を持っているんだと思います。

一言にヒーリングと言っても様々です。

瞑想法だって色々です。

その中でどれが本物かどうかを見極めるのは非常に難しいです。

結論から言えば自分に合うものがあればそれで良いんだと思います。

自分にとって不都合な事が起きたとき、期待が裏切られた時、あなたよりも成功している人がいるのを見て嫉妬するとき、失望したり、傷つけられたと思う時、罪悪感に苛まれた時、すべてがあなたが成長できるチャンスです。

そう言うときこそあなたが一番自分のブロックを浄化し、より神へと近づくチャンスです。

人は調子が良い時、自分の思い通りに物事が進んでいる時は自分を振り返りません。自分に問題があるとは決して思いません。

だから何か問題が起きて、自分が傷ついたと思えるときが来たらそれはあなた自身を振り返るとても良いチャンスです。

その時こそ、深く自分の中に入りなさい。深く瞑想に入り、あなた自身のエゴとプライドとあなたのすべての問題を手放しなさい。

そしてすべては神があなたを成長させる為にもたらしたギフトだと思いなさい。
師、マスター、グルと呼ばれる人達は皆、ある種の権威のパワーを持っています。

カリスマ性とでも言うものでしょうか、とにかくある種のパワーのオーラを纏っているものです。簡単に人を近寄らせない何かを持っています。

日本やアジアの伝統では弟子は師を敬い、ある意味近寄りがたい存在として距離を置いて関わります。

ところが西洋主義の精神世界の教えではこういう考え方はあまり良しとはしないようです。

師もまた人間である、弟子となんら変わらない存在だ、だからこうした権威主義はむしろ悪である。

すべての伝統や格式は破壊してしまった方が良い、そして平等であるべきだ・・・・
静寂の獲得には神さえ時には障害になると書きましたが、では、神のサポートは必要ないのか?というとそれは違います。

これはとても矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、静寂の体験はとても大切ですが、同時に静寂だけでは本当の悟りに至ることはできません。

そもそも悟りを得るにはたとえどれだけ自分一人が静寂を経験して瞑想を重ねても、土台無理なんです。
瞑想は何かをイメージしたり、またマントラを唱えることでもありません。

瞑想とは心の内側にある静寂というただ一点にのみ意識を向けることです。

つまり何かが見えたり、聞こえたりすることでもありません。

まして、神や天使と話しをすることでもありません。

パタンジャリのヨーガスートラにはもし瞑想中に神や天使がとても美しい姿で現れても、そして天国への門が開けられてもその誘惑に決して乗ってはいけないと述べています。

それはすべて誘惑です。これはとても奇妙な事ですが、静寂という一点を探す旅においては時には神さえ障害になります。
すべての苦しみは結局は自分が苦しいと思うからこそ生まれるものであって、苦しみの原因は自分自身です。それ以外の答えはありません。

なら、その自分自身を無くすか、変えてしまえば苦しみは生まれない訳です。

瞑想を通じて何故人は苦しみから自由になるかというと、それは苦しみを感じるあるいは生み出す自分自身から自由になるからです。

人は自分が何であるかを知りません。

ある人は自分のこの肉体が自分だと信じています。

ある人は自分の考えが自分であると信じています。

また、ある人は自分の感情が自分だと思っています。

本当の自分とはそれらのいずれでもありません。

私は好きな事をやって生きています。なので、あまりストレスを感じることはありません。

まあ人間ですから些細なことで感情的になったりはしますが、どうしようもない程のストレスを感じて胃が痛くなるなどということはありません。

そういえば胃が痛くなるほどのストレスを感じたのはいつぐらいだろうと思い出すと多分、20代の頃、まだ普通にプログラマーの仕事していた頃だろうと思います。

それから今の仕事を志してからは胃が痛くなったことはありません。まあ、食べ過ぎたり、空腹過ぎて胃酸過多(笑)で、痛くなることはたまにありますが。

昔は人に言われて、人に従って、人に使われて仕事をしていたのが一番のストレスだったんだと思います。自分の思い通りにならないことほどのストレスはありませんから(^^) 

それに比べれば明日はどうなるか分からなくてもすべてを自分の好きなようにやって生きる今の方がずっとストレスがありません。自分がやったことの責任はすべて自分ですから非常に単純明快です。論理的にもその方がスッキリしていますから今の状況は非常に気に入ってます。
久しぶりに名古屋の方で瞑想伝授と瞑想会を行います。以前は色々な場所へ出張に出かけていましたが、ここ一年ぐらいは規模を縮小して、まずは一人一人と向き合って瞑想や霊性修行の知識を教えることに専念してきました。

そろそろ色々な場所からオファーが来だしているので出かけることにしました。

他の場所でも瞑想を教えに来て欲しいという人がいたら御連絡ください。数人集まれば出張します。以外とサイトで告知するとどこでも何人かは集まるものです。ですので試しに御連絡してみてください。

詳しいことはサイトの出張予定をみてください。今回は新規の人とすでに瞑想実習者を対象としています。

出張予定